まずはお話しするところから始めましょう
朝。
ただでさえ人口が多いこのテーブルシティの通勤時間は、早足で歩くサラリーマン、ロトムで通話しながらヒールを鳴らすOL、それぞれ少しずつ個性を出し同じ制服を着て楽しそうにおしゃべりしながら歩く学生、音楽を聞いているのだろうイヤホンをつけて道の端を走るランナーに、ポケモンと一緒に散歩をするご老人……有象無象の人間が通りを行き交っている。
私はそんな彼らを横目に今朝仕入れた切花を店頭に並べ、開店する準備に追われて動いていた。食材もそうだが花も|生《なま》もの、鮮度が命。情熱的なパルデアの人間はこういった綺麗な花々を贈り物にする事が多い。誰かのお誕生日や記念日だったり、感謝の気持ちを込めたものだったり……好きな人への愛の告白だったり。
祖父から受け継いだこのフラワーショップは、小さいながらに昔からのお得意様はもちろん、立地が良いらしく通りがかりに買ってくれるようなお客様にも恵まれている。元の店主が亡くなって私独りになってしまっても生活できるくらいにはなんとかやっていた。
そして今、私の目の前になんだか一見だらしない装い――くたびれた白衣に襟ぐりダルダルTシャツ、膝部分が大きく解れたジャージもヨレヨレ、足元は簡素なサンダル――の男性がまだ開店していない店先で、不思議な六角形の眼鏡を通して入荷したばかりの花々を見ていた。なんだか私のように花の世話に勤むような風体の彼は、ついこの間不慮のアクシデントで面識を持つことができた人物だ。
この街はパルデア中央部の大穴に沿って建造されている。大穴周辺は火山の火口のような地形となっていて、テーブルシティからプラトタウン、南の灯台へと海に向かって傾斜が続いている。なのでこの街の中もシンボルであるアカデミーから外へ出る大門まで坂になっている道が多い。もし上層部でボールなんかを転がしてしまったらあっという間に門まで一直線だ。だから街の下層部を歩いていると名産のオレンジだったり、子ども達が遊んでいたボールだったり、すっぱかったり、あまーいリンゴだったりが転がってくることがある。
そしてその日、ノクタスのサボさんと配達中の私が拾ったのはモンスターボール。石畳の上を転がってきたそのボールの中には既に誰かが入っている。転がってきた衝撃に耐えられなかったのだろうか、拾った途端に中から目を回したリキキリンが飛び出してきた。進化前のキリンリキならともかく、進化後の姿をこんなに近くで見るのは初めてだ。
「うわ、でっか……大丈夫?」
その場でへたり込むリキキリンの傍に寄って、持ち合わせていたおいしいみずを飲ませるとやっと焦点が合ってきた。長いまつ毛をぱちぱちさせて、どうやらお礼を言っているようだ。身体は大きいが、大人しくて賢い……きっと持主のトレーナーの腕が良いのだろう、礼儀をわきまえている。ポケモンながら礼儀(?)に厳しいサボさんも感心したようにうんうんと頷いていた。彼のお眼鏡に叶ったらしい。縦に首を振っている彼に対して私は横に首を振りきょろきょろさせてボールの持ち主を探していると、そのトレーナーと思しき人物が坂道を走ってきた。白衣を着たサンダル姿の……彼だ。
「す、すみませえん……たすかり、ましたあ……」
坂道を全力で駆け下りて来たのだろう。酷く咳込みながら謝る彼を見て、こちらの心臓も跳ね上がる。ラフを極めた格好なのに、何故かどことなく……艶っぽい。褐色の肌の首筋に汗が伝っている。
ドキマギしていつもと違う私の様子をサボさんが訝しげに見ている。そんなに見てたら怪しまれちゃうじゃん! いつもみたいに自然にしてて!
やれやれ、とまるで人間のように肩を竦める相棒を横目に邪な心を振り払ってなんとか平常心を保つ。空になっているボールを渡そうとその手を出すと、こんな時に目に付いてしまうのはアカギレてボロボロになっている自分の手。フラワーショップの仕事は楽しいしそれなりに自信を持って励んでいるが、どう対処してもこの手荒れ問題とは切っても切れない関係だ。ある意味勲章だとも思っているが、魅力的な異性の前ではそんな勲章も霞んで隠したくなる。
「どど、ど、どうぞそれじゃ!!」
「え⁉ ちょっと、まっ……⁉」
ボールが彼の手に渡ったのを確認すると、不自然なほど素早く引っ込めて挨拶もそこそこにその場を逃げ帰った。
その彼が、なんでウチの店にいるのだろう? というかまずは半ば逃げ出した非礼を詫びた方が良いのだろうか。そもそも向こうは自分のことを覚えているのか……接客業が生業であるはずなのに、下心の自覚があるため尚のこと話しかけられない。店先で固まってる私に呆れた|パートナー《サボさん》は私を押し除け持っていたディスプレイ用の花器をわざとらしく彼の前に置いて仕事をこなしている。花を見ていた彼の目線が上がり、とうとう棒立ちしている私に気がついてしまった。
「あ、やっぱりこの店の方でしたかあ。おはようございまあす」
「お、おはよう……ございます、」
うわ、しゃべっちゃった。この人も生きてるんだ(?)。
完全にパニックになってる私を他所にひと仕事終えたサボさんはそのまま店内へと戻ってしまった。待って行かないで、私を一人にしないで欲しい!
「ノクタスと一緒だったので、もしかしてって思って……お花屋さんだったんですねえ」
「は、はい……いらっしゃいま、あ、まだ開店してない…えっと……」
「いえいえ、ぼくこそ朝早くにすみません。ノクタスがいるお店があるのは知っていたので……良かったあ。どうしてもお礼が言いたくて」
朝日が眩しいが、顔がいい人の笑顔もそれに負けないくらい眩しい。そのキラキラの笑顔が少しずつ近付いて来ている。どうしよう、何て言葉を返せば……じゃなくてめちゃくちゃどもってしまった…顔が良い……違う違う……何か話さなくちゃ、…あ、この花も早く水切りしないと……
どうでもいいことを逡巡している間に彼は私の真正面に来て手を伸ばす。思考回路が回らないまま、ただ反射的に目を瞑ると私の頭を何かが掠めた。
「頭に花びらが着いてましたあ。……可愛いなあ」
「ミ゛っ!!??⁉⁉!! っず、切り!! しないといけないのでっ! こ、これで失礼どろんしますっ!!」
「え⁉ あ、待っ」
うわわわわ、なんだあの人なんだあの人!!⁉ 初対面なのにそんな、距離感おかしいって!! どろんってなんだ私のバカ!!
再び会話を中断し、店奥の作業用カウンターに入り作業する振りをしてその身を隠した。店内は花の鮮度を保つためひんやりとした空調が効いていて、それが火照った顔に気持ちいい。カウンターの外で黙々と水切りの準備をしているサボさんは変わらず様子のおかしな私に、無い眉をひそめていた。
ショーケースのガラスを鏡代わりにして外の様子を確認するとあの人は困ったように頭を掻いている。そりゃあ、あんな立ち去り方をされてしまったら困ってしまうだろう。……いや、困らせたかった訳ではないのだ。ただちょっと心の準備ができてなかっただけで! しかし先日に続きこんな態度、失礼にも程がある。どうにかしてフォローを入れなければ……あ。
目に入ってきたのはカウンターの引き出しにあるプレゼント用メッセージカード。ちょうど胸ポケットに差していたボールペンで殴り書きをすると、それを作業中のサボさんに押し付けた。
「お願い!! これをあの人に渡してきて!!」
応えはもちろん……『No』である。仕事人気質の彼は作業の手を止めたりしない。
「ザボざん゛っ!!!! お願い、しますっ!! 今度あのお気に入りの液肥(液体肥料)多めに入荷するから!!」
液肥と聞いたその一瞬、薄緑色のトゲトゲボディの動きが止まった。……もう一押し。
「ロースト砂漠でピクニックも!!」
そう言ってやっと、サボさんの重い腰が上がった。
あの液肥……需要がないのにやたら高いんだよな……。砂漠に行くならグレードも(お値段も)お高めの日焼け止め買わなきゃ……。
たかがカード一枚渡すのに痛い出費になってしまったが、この際液肥の方は経費で落としてしまおう。おじいちゃんごめんね、大丈夫お店の方は安定してるから!
天国の祖父に祈りながらカウンターの陰で外に出たサボさんを見守る。頼みの彼はまったくやれやれだぜ、なんて面持ちで不愛想にずいとそれをあの人に渡していた(ああ、もう! もう少し可愛らしく渡してよ!!)。
サボさんはもともと祖父のポケモンだ。サボネアのころから一緒に暮らしてきたが、その頃から彼には子分として認識されているらしく、私への当たりがとても雑だ。そんなんだからトレーナーとポケモンの立場が逆転しているのではないかと思うことがしばしば……いや、偶に………………ううん、しょっちゅう、ある。
『逃げ出してしまってごめんなさい。あなたのような男性と話すのに慣れていないのです。筆談でもよろしいでしょうか?』
慌てて書いたメモを読むと眼鏡のその人はふ、と微笑んでカード裏に何かを書いた。なんだろう……気分を害したようではなさそうだが気になる……お返事だろうか。再びサボさんが持ち帰ってきたそのカードにはスマホロトムの連絡先と、リキキリンの『みました』という可愛らしい緑色のスタンプが押されていた。
お店のガラス越しに外を見るとそれに気づいた彼もにっこり笑って手を振り、白衣を翻してアカデミーの方へ歩いて行ってしまった。
掌で書いたせいなのか、少し皺が寄った厚紙を持つ私の手が震えている。今更になって心臓が早鐘を打っているのに気が付いた。顔が――まるで砂漠にいるように――熱い。
「さ、サボさん……どうしよう、」
私の必死の問いかけも、彼にはただの雑音だったようで、しかめ面でフスーっと息を吐いていた。
メッセージカードに書かれた連絡先。それを受け取ったのはいいのだが、結局こっちから連絡しないといけないということに気が付いたのはその日の夜になってからだ。
ロトムに登録、メッセージを打ち込むところまではできた。……できたのだが、送信する段階になってフリックする手も、ロトムに指示を出すこともできなくなった。あと一つ、何か動作をするだけでこの内容が彼に送られてしまう。
『朝は大変失礼しました。連絡先、教えていただきありがとうございます。何かあればまた当店までどうぞお越しください。季節の花々そろってます』
あくまで事務的、お店の広告の一つだと思って打ち込んだこの文章におかしな点はないはずだ。私情を出さないように心掛けたものの、逆にそっけなさすぎやしないだろうか。
試しに打ち込んでみた、とある特定の記号に独りベットの上でキャーっと悶絶する。
そうなのだ。まだ二十そこらの人生しか歩んでないが、こんな気持ち初めてだ。身なりはたしかに野暮ったいが、長いまつ毛、大きな灰の瞳、スっと通った鼻筋に、薄い唇、シャープな顎にあの優しい笑顔…………。名前を聞けなかったのは痛いがしょうがない。浮いているロトムを放置して例のメッセージカードを取り出し、既に何度見たかわからない『みました』ハンコと少しブレてしまっている黒いボールペンの文字に想いを馳せる。もしもまたお会いすることができるなら、今度はしっかりと、眼を……あの灰色の綺麗な眼を見て、お話したい。
そのためにもまずは第一歩、このメッセージを送らなければ。再び覚悟を決めてロトムの画面を見ると目に飛び込んできたのは例の記号。再び何度目かわからなくなってしまったキャーっを繰り返し、足をバタつかせ悶絶し、サボさんが休んでいるボールを落としてしまった。ボールの起動スイッチが入り、眠たそうに眼をしぱしぱさせながら何事かと私を見るサボさんに、興奮冷め止まぬままロトムの画面を見せる。
「あのね、あの人に送る文面考えてたらついハートマーク入れちゃって! ちゃんと消して送るけど、なんかこういうのだけでも浮かれちゃうっていうか、なんかもう、キャーってなっちゃう!」
ヘラヘラしながら睡眠を妨げられた上、彼にとってはどうでもいい報告にイラッとしたのだろう。私の方を見て一瞬ニコっと笑うと途端に無表情になり、その丸い腕で器用に、画面を、タップした。
「え゛っ!? は!??! えっ??」
確認したのは『送信完了』の無情な文字の羅列。急いで送信画面を確認すると
『朝は大変失礼しました。連絡先、教えていただきありがとうございます。何かあればまた当店までどうぞお越しください。季節の花々そろってます
♡』
サボさんが自主的にボールに戻るのを横目に捉えながら、その日は頭を抱え夜を明かした。
「ありがとうございます。お時間作ってもらっちゃって」
「………………ぃぇ」
柔らかい彼の笑顔が、眩しい。もしかしたら今日こんなに良い天気なのも、パラソルの下にいるはずなのにジリジリと肌を照らす太陽が暑いのも、目の前にあるアイスが溶けてきているのも、全部彼の眩しさのせいなのかもしれない。
そんなことを考えながら茶色いソースのかかったアイス(テリヤキ味)をスプーンで掬った。緊張し過ぎて味がしない。口に含むと口内温度を下げながらあっという間に液体と化し、それがまた喉を冷やす。このまま頭も冷やして欲しいが、どんなにキンキンに冷えたお水を飲んでもアイスを食べても火照った頭はどうにもならない。
真正面に座ってる眼鏡の彼を見ることができず、横に座ってる(座らせてる)サボさんを見ていた。頼りの相棒は、相変わらず我関せず、といった面持ちで水色のアイス(ソーダ味)を頬張っている。
まさかまさかのこんな展開になってしまったのは、あの後返信があったからだ。
『お返事、ありがとうございます。もし良ければ改めてお茶でもしませんか? リキキリンのお礼をしたいです。お時間空いてますか?』
意味深になってしまったハートマークに気付いていないのか、スルーされてしまったのか……特にそれに言及されることは無かったのだが、それよりもとんでもない提案に目を剥いた。
お茶!? Tea!??? 彼と二人で!?!?
返事はもちろんYes! だが返信してから気がついた。――私は正気を保っていられるのだろうか。
「えっと……やっぱりぼくとお話するのは、緊張しちゃいますか?」
「そ!? 、~っ、」
そんなことないです! と言いたかったのに、彼の顔を目視してしまった途端に顔に血流が巡ってきた。反射的に両目をギュッと瞑り卓上にあったメニュー表で顔を隠す。直接見てはいないが、なんとなく彼が苦笑してるのがわかった。
――何をやってるんだ私は。
今度はちゃんと眼を見て話したいって思ってたじゃないか。何を今更恥ずかしがっているんだ。せめて……せめてなんとかコミュニケーションを取らなければ、彼の時間も無駄になってしまう。
焦り始めた私に気付いたのはサボさんだ。本当にどうしようもねえなコイツ……、といった目で私を見ると、背もたれに掛けたカバンを指さした。さっさとお会計を済ませろ、ということだろうか。……いや、流石にそんな薄情なやつではない。……あ!
カバンを漁り、取り出したるはお店で使っているA5サイズのノート。お店の在庫をメモしたり、配達先でのお客さんの要望だったり雑多なことが書き記されている。まだ何も書かれていない一番後ろのページにまた会話の続きを書きなぐった。
『ごめんなさい、やっぱり緊張してます』
「ふふ、やっぱり。でも筆談なら大丈夫そうですね」
『ご面倒をおかけしてます』
「大丈夫です。少しずつ慣れていきますよお……ほら、やっとお顔が見れた」
まだ鼻から下半分をノートで隠したまんまだが、やっと彼の顔を見ることができた。
眼を細めて笑うこの人は、ジニア……さん、と言うらしい。
「アカデミーにも恥ずかしがり屋さんはいっぱいいるので慣れてますよお。……あの時はありがとうございました。つい、うっかりしてて」
『いいえ、偶然拾っただけなので』
「連日徹夜が続いてたものですから……あ、でもトレーナーとしてこんな言い訳は良くないですよねえ」
『どんなお仕事をされてるんですか? アカデミーって?』
「先生をしています。アカデミーで、生物の」
なるほど、それであの『みました』ハンコ……。アカデミーには通ってないが、何度か校内にお邪魔したことがある。あの教室の教卓で生徒たちに囲まれているのだろう。
『きっと生徒さんにも人気があるんじゃないですか? 優しそう』
「えへへ……そうだといいんですけど。なんかよくやらかしちゃって、校長先生とかに怒られちゃってます。なんでももう少し教員として自覚を持って欲しいとか」
『ボールも転がしちゃうし?』
「そうなんです」
校長先生がどんな人かは知らないが彼が怒られてる姿が容易に想像できて、それもなんだか微笑ましくて思わず顔の筋肉も緩んでしまう。
「よかった。やっと笑ってくれましたね」
「え……?」
「ずうっとガチガチのカチコールみたいだったんで気になってたんです。……貴女とちゃんとお話し、したいなあって」
………………?
聞き間違いだろうか。誰が、ナニをしたかったって? この頃都合のいいことばかり起きてないか大丈夫? 夢じゃないよね?
試しに隣のサボさんの頭のてっぺんにある三本トゲを真上から軽く叩いてみた。パッと見ポケモン虐待を疑われかねない絵面だが、相手はあのノクタスだ。トゲがめり込んだ私の手の平の方が痛い。
……………………現実だ!?
「え? え? それって、どういうことです?」
「手、大丈夫ですか? ノクタスのトゲも刺さると痛いと思いますが……」
ちなみにこの行為はすでに私が正気を保つためのルーティンとなっている。加減はとうの昔に把握済みだ。怪我をしない程度の絶妙な力加減に乾杯。さっきの発言は本物なのだと現実に引き戻される。
「いつものことなんで大丈夫です! それより、話したかったって……」
「ふふ……最初のメッセージにあった、あのマーク。どういう意味だったのかなあって」
「ぎゃヒッ!!??!?!?!!!!」
驚きで筆談も忘れている私を笑うように、彼はさっきまでの優しい笑顔に含みを持ち、頬杖を着いて更に挙動不審になった私の様子を伺っている。
「意味深ですよねえ? 文末にある訳でもなかったんで、ナニか別の意味が込められているんじゃないかなあって」
「あ、ぅ……、その」
「例えば、そうだなあ……一般的には、『愛情』がまず連想されますよね。友人に対する友愛、家族に対する親愛……」
わざとらしく指を折りながら一つずつ確認しているその仕草はまるで退路をへし折っているかのようだ。新手の尋問に近い。
「そして……とりわけ特別な人物に向ける、性愛。ぼくは君にとってその対象になっている……と思ってもいいんでしょうか?」
「ヒッ!?!?!!」
スルーされてると思ってたのに、まさかこんな直球を投げられるなんて心の準備ができていない!! 私はマウンドに立っているだけで精一杯なのにハンデはないのだろうか、監督はどこ行った!?
……いや、すでに試合は始まっている。怖気付くな私! 正面を見て、姿勢を正せ。深呼吸のち、胸を張って、想いを告げろ!
「……そ、の……実は! ……っひとめ、お会いした時から「ストップ」
勇気を振り絞った渾身の一球は、投げることさえ許されなかった。……いくら顔が良くても、これはルール違反じゃないか? 聞いてきたのはそっちなのに……。
ジニアさんの身勝手な要望に振り回されてモヤモヤした鬱屈した気持ちが湧くと同時に、悲しくなった。……正面にいる彼もまた、眉尻を下げて申し訳なさそうにしていたから。
――あぁ、やっぱりダメかぁ……。
「イジワルしちゃって、ごめんなさい。やっぱりぼくから言った方がいいと思って」
「……そう、ですよね。ありがとうございますお時間作っていただいて。一生の想い出にしていきます」
「いきなりでびっくりするかと思いますが……好きです。ぼくとお付き合い、してもらってもいいですか?」
「はい、大丈夫です。本当にありがとうございま……………………へ?」
よかったあ、と微笑む目の前の彼は幻覚だろうか。それを確かめるために再度、私はサボさんの頭に手の平を振り下ろした。