実は同僚でした
パルデア地方南東部ボウルタウン……中央に聳える大きな風車がトレードマークの小さな町。だが小さいながらに季節を彩る様々な花が咲き乱れ、町の至る所にシンボルのキマワリの像が建っているちょっとした観光スポット(今でいう所謂映えスポット……とでも言うのだろうか)だ。
多忙な両親の都合で幼い頃からガラルとパルデアを行き来していた私にとって、此処は第二の故郷のような場所と言ってもいい。というのも、年の離れた従兄弟がこの街を拠点に活動しており、パルデアに来るたびになんやかんやその兄と呼ぶ彼にお世話になっていた。
「久しいな我が妹よ。両親は息災か?」
「久しぶりコルサ兄さん。うん、みんな元気にしてるよ」
文字通り刺々しい風貌の壮年の男性、コルサは満足そうに頷くと待ち合わせのテラス席に座り近況について――主に最近完成した作品について――を語り始めた。
ジムリーダーを勤めながら芸術家としても名を馳せる彼の話は大変興味深い。その影響もあってか、幼少期から彼の隣で私も芸術家の真似事のように絵を描き、それが今も続いている。もちろん、趣味の範疇で、だ。
「それで暫くはまたテーブルシティに住むつもりなんだけど……本格的に仕事が始まる前に海が見たいなぁと思って。此処からだと近いよね?」
「ああ、街道沿いを行けば浜にも行けるが……ジム裏手の崖に沿って行けば高台にも出られる。尤も野生ポケモンもいるが手持ちはいるんだろう? なら心配ない」
「ありがとう。じゃあちょっと行ってみる」
「直に日が暮れる。一応スマホロトムは常備して行け。今日はこれから荒れるらしいぞ」
「うーん、大丈夫だよ。すぐに戻るから」
少し心配症な彼には伝えてないが、私はスマホロトムを未だ所持していない。ガラルで再起不能になるまで壊してしまっていたからだ。多少の不便はあるが、来月仕事が始まるまでは何となく根無草のようにフラフラしていたい。
(そういえば、この地方にはアノクサなんてポケモンもいるんだっけ……)
風に吹かれて転がる彼らの様子を思い出しながら歩いて行くとコルサに言われた通り壁のように反り立つ崖の麓に着いた。
すぐそこに街があるとは言えチラホラと野生のポケモン達がそれぞれ自由に闊歩している。攻撃性のある個体はあまりいないようだが念の為、警戒しておいた方が良いだろう。手持ちの彼らも丁度お散歩の時間だ。
「ほら出ておいで。お散歩しよ」
ボールを投げると元気よく鳴きながら出てきたのは、ヨルノズク、カラミンゴ、ワタッコ、そして新入りのカイデンだ。文字通り羽を伸ばしながら共に足を(彼らは羽を)進める。みんなひこうタイプではあるが、各々個性があり進み方もバラバラで面白い。
我先にと先頭を行くのはカイデン、落ち着きがない。その後をカラミンゴが少し呆れながら長い足で闊歩している。カラミンゴの脚に紐で括られて着いていっているのがワタッコ。強風対策の為だ(以前暴風に煽られて危うく迷子になりかけた)。そして私と並んで歩いているのが一番の古株であるヨルノズクだ。彼はガラルに住んでた時からの相棒である。環境の違いに適応できるか少し心配したが特に問題も無さそうだ。
風に潮の匂いが混じってきた。先頭のカイデンもいっそう騒がしい。海は彼の故郷だ。
「うわぁ、丁度日の入りだね」
茂みが開けて断崖の先に広がる海は赤く色付いている。方角的に夕日は直接見えないがそれでも良い景色だと思う。今度は絶壁の崖に沿って進み始めた。覗き込むには躊躇してしまう位の高さがあるが、近くに寄るとその崖に打ち付ける波の音が聞こえてそれが心地良い。自然を感じたいなら五感を澄ませ、だなんて芸術家の兄は言っていた。
ほら、カイデンもあんなに騒いで…騒いでいる?
少し様子の違うカイデンに続いてカラミンゴ、ワタッコも何か訴えるかの様に声を上げ始めた。
「どうしたの? 何か…」
「あ、お〜い。誰かいますかあ〜?」
「え、……人?!」
波の音に混じって聞こえたのは誰かを呼ぶ人の声。崖下を覗き込むとそこには辛うじて大人一人なら立てるであろう足場に残された男性がいた。波に打ち消されないように声を上げて話している。
「すみませ〜ん、ちょっとやらかしちゃいまして〜! スマホロトムも手元に無いので、タクシー呼んで欲しいんですけど〜! 大丈夫ですか〜?!」
「ごめんなさい!! 私も持ってないんです!! すぐ救助を呼んで来るので、待って…」
ポケモンを捕まえる時、トレーナーは手持ちの入ったモンスターボールを背後から狙って当てると不意を着くことができる。戦闘に有利な状態で始める事ができるというのは初歩中の初歩だ。それは野生のポケモンにとっても同じで明確な敵意を示した時、賢い個体ならトレーナーの背後からの攻撃もあり得る。
今がまさにその時である。
野生のケンタロスがこちらに敵意を向けていた。
「…っヨルノズク! リフレク、」
思わず動いたのがいけなかった。指示を出す前に先制された攻撃で崖を背にしてたヨルノズクは突き飛ばされ、ピンポン玉のように背後に回った自分に当たり、そして、
「嘘でしょーーーーっ!!!!??!?」
「うわあああっ!!!!!?」
崖に落ちた。
上ではヨルノズクが戦っている。たぶん彼は大丈夫だろう。カイデンとカラミンゴ、ワタッコはびっくりしたのか頭上を鳴きながら飛んでいる(少しうるさい)。
走馬灯も見えた気がするが、想像よりも痛みがない。地面というよりも、これは……
「いててて……大丈夫でしたかあ?」
「ご、ごめんなさい〜っ!!」
地面に着地したのではなく、なんと救助を求めていた彼の上に落ちてしまっていた。見たところお互い怪我は無さそうだが、急な事態とは言え思い切り体重を乗っけてしまったことがなんだか恥ずかしい。
「えへへ……カッコよく受け止められなくてすみません」
「い、いえ! こちらこそ助けるどころか逆に助けてもらっちゃって……本当にどこもケガとかしてないですか?」
「はい大丈夫ですよお。いやあ、かれこれ半日近くここで過ごしてたんで参りましたあ。良かったです、人が来てくれて」
「は、半日!?」
助けてもらって何だが、話し方だけでなく、性格もどこか間延びしたような、抜けてるような人だと感じる。
改めて間近で見た彼の風貌は、ボサボサの髪に六角の眼鏡、襟首がヨレヨレになった紫を基調としたボーダーシャツ、膝部分が大きくほつれたジャージにこれまた紫色のサンダル………決して小綺麗な格好ではないのに危うさを感じるような不信感がないのは、その気の抜けた話し方をしているからなのだろうか。
「そう半日……このまま此処でガイコツにでもなっちゃうかと……ポケモン達もいるからそれはいやだなぁって」
「そんな悠長な……私のポケモン達は大人一人運べる程大きくないので無理ですよ……あ、上の戦闘も終わりましたね」
まだソワソワしながら飛んでいる三匹を宥める様にヨルノズクが飛んできた。流石年長者は伊達じゃない。落ち着いた彼らをボールに戻し隣を見ると、六角眼鏡の彼はやたらその眼鏡の奥にある眼をキラキラとさせていた。
「そのポケモン……ヨルノズクですよね!? パルデアに居ない! うわぁ、こんなに近くで初めて見ましたあ! 綺麗な羽根ですね〜!」
「え、はあ、まぁそうですけど……とりポケモン好きなんですか?」
「とりポケモンだけじゃなくてポケモン全般好きですよお。えへへ、今日もそのお散歩がてらフィールドワークをして余所見をしてたらここに落ちちゃって……」
「……なるほど。でもどうします? 連絡手段は無し。天気も悪くなってきた。流石に此処に留まり続けるのも………」
さっきまでの綺麗な夕焼け空が曇ってきている上に風も出てきた。岩場に打ち付ける波も強くなってきている。例えタクシーを呼べたとしてもこの悪天候の中で狭い足場から出るのは難儀だろう。恐らく時間が経てばコルサが危惧して何かしらの行動を起こすだろうが、彼の事だから事態が大袈裟なことになる気もする(以前ハッコウシティで迷子になった時、当時の有名配信者をけしかけて大捜索された事がある)。
苦い記憶を思い出し遠い眼をして今後を思案していると岸壁を見ていた彼が口を開いた。
「ここを降りて岸壁に沿って少し行ったところ、あそこ、見えます? 海流の流れが不自然な所があります。恐らく洞穴の様になってるはずです。このまま雨に濡れるのも大変なのでどうでしょう、行ってみませんか?」
「たしかに…此処にいて何もしないよりは良いかもしれないですね。でもそこまで泳いで行くんですか? ライドポケモンとか…」
「あそこまでなら岩場を伝って何とか歩いて行けそうです。足元は濡れちゃいますけど、ボクはサンダルですし」
この男はフィールドワークするのにサンダルで来ていたのか……とも思ったが良く現場を把握している。益々得体の知れない人物だ。
先に崖沿いの岩場に降りた彼に続いて立ち上がりふと彼の方を向くと
「はい」
とまさに飛び込んでおいでと言わんばかりに何故か両手を広げて待機していた。
「……はい?」
「いや、だってその格好だと足元濡れちゃうじゃないですかあ。その点ぼくはサンダルで濡れても大丈夫だし、抱っこして行けば万事解決ですよお」
「だっ……!?」
「ほらあ、早く来てくださいよお」
いやいやいやいやいやいやいやいや……
こいつは何を言っているんだ? 人畜無害そうな顔で、何を言っているのか理解しているのか?
私は全く理解できないのだが。
「もうしょうがないなあ…よいしょっ」
「ちょ、何、うわぁ!?」
「はあい、じゃあ出発しんこ〜う!」
理解が追いつかない内に彼は軽々と私を抱え、歩き始めてしまった。両手が塞がっているのに波打つ不安定な岩場をひょいひょいと渡って行く。そんな筋力を何処に隠していたのか、というかこれだけ動けるのなら崖から落ちるなんて事もなかったのでは?
少し見上げてその顔を見てみると、思っていたより整った顔立をしているのがわかった。見るんじゃなかった顔が熱い。
不本意に運ばれた洞窟内は想定より広く、丁度休めるような波の届かない空間もあり、野生のポケモン達も避難するように集まってきていた。
外は雨も降ってきている。案外躊躇してる時間は無かったのかもしれない。
「うわあ、ポケモン達がいっぱい集まってきてます! 此処は彼らの避難所なのかもしれませんねえ」
よっこらしょ、と言いながら陸地に上がるも彼の目線は周りのポケモン達に釘付けだ。余程好きらしい。
「…あの、ありがとうございました。足元、濡れずに済んで」
「え? あぁいえいえ〜。これくらい全然平気ですよお。あ! そうだ、あのぉ…」
「?」
「引き換えに、と言ってはなんですが…さっきのヨルノズク、もっとよく見せてもらっても良いですか……?」
何を言い出すのかと思ったらまたポケモン。ここまで来ると筋金入りだ。思わず笑ってしまう。
「それくらいならもちろん良いですよ。おいでヨルノズク」
「うわあ〜! ありがとうございまあす!!」
彼がヨルノズクと戯れている間に、こちらでは荷物からスケッチブックを切り取って簡易的な手紙を書いた。宛先はボウルタウンで待っているであろうコルサだ。
手短に現状と救助の要請、スマホロトム不所持についての釈明を綴り、カイデンに渡す。
「いい? これをコルサ兄さんの所まで。わかるよね?」
こちらが念押しして言い聞かせると任せてくれと言わんばかりにピギーッとひと鳴きして飛び立って行った。少しおっちょこちょいなところもあるが、海鳥ポケモンである彼なら問題無く兄の所まで行けるだろう。
「今のは?」
「ボウルタウンに知り合いがいるので救助の要請です。はぁ……しこたま怒られるんだろうなぁ…」
恐らく久しぶりの説教コースだ。もう良い大人なんだから勘弁してほしい。
あ〜それならぼくも怒られちゃうなあ、だなんて呟きつつも視線はヨルノズクからは外さない。ヨルノズクに至っては何コイツ……という空気を私に向けている。
何コイツ……って言われてみれば。
「そういえば、何であんな所に居たんですか? フィールドワークとか言ってましたけど、そもそも……何者、なんですか……?」
「あぁすみません、名乗ってなくて……ぼくはジニア。ちょっとしたポケモン研究者です」
夕日で赤かった海面は既に闇に呑まれ、より一層猛々しく波打つ様になった。一時的に避難してきた洞窟内は、ここに来た時よりも野生のポケモンが増えてきている。
「これは本格的に一晩ここで過ごすことを考えないといけないですね……」
「そうですねぇ……ぼくはこういうの平気ですけどもキミは大丈夫ですか?」
「ガラルではキャンプをしてたので私も平気だと思うんですが……生憎今日は道具を持ち合わせてなくて。辛うじてちょっとしたお菓子位ならありますけど……」
「それなら大丈夫そうですね。こういう時の糖分は重要ですよお。それと……そうだなあ暖はこのコで取ることにしましょう」
そう言って彼は懐から出したボールをポイと投げる。そこに現れたのは、ほのおタイプのウインディだった。見るからにモフモフで暖かそうだ。
掻き集めた流木に火をつけてもらい、灯りの確保もできた。あとは救助を待つだけだ。火を囲みようやく落ち着いて向かい合う。
「それで、何であんな所に居たんですか?」
「あぁ〜……さっきも言った通り、ポケモン研究のフィールドワークですよ。実は今コレクレーというポケモンを探していまして、彼らは人気の無い遺跡や看板の下……それこそ崖っぷちとかに居ることが多いんですよねえ」
「で、追いかけたら落ちた、と」
そうなんですアハハ、と彼は照れくさそうに笑った。野宿も慣れた風な口振だったのは今日みたいなフィールドワークの賜物なのだろうか。
「それで、えーと……キミは…?」
「私は散歩がてら海に来たら、まぁ……こんな感じになりました」
「そっかあ…じゃあぼくと同じですねえ。どうぞよろしくお願いしまあす」
「(いや、私が落ちたのは殆ど貴方のせいなんだけど)…よろしくお願いします」
優し気な顔立をさらにへにゃへにゃにして微笑む。良い人……なんだろうたぶん。少し気が抜けるけど。
「ガラルは長そうでしたけど、いつからパルデアに?」
「あ〜親の都合でこっちに来たりガラルに行ったり。成人してからは主にガラルだったけど……仕事で少しトラブっちゃってまた二週間前にまたこっちに戻ってきたんです」
「へえ〜……。忙しそうだけど、ガラルのポケモンにもパルデアのポケモンにも会えるなんて羨ましいなあ」
「そう言われるとその筋の人には魅力的……なのかな?」
私もポケモンは好きだが、研究対象にしたり、トレーナーとしてリーグに挑戦したり、特定の地方にあるようなコンテストなんかにも出たり……などというような意欲はあまり湧かなかった。無意識の内に忙しいから無理だと諦めていたのかもしれないが、手持ちのポケモン達については概ね満足している。一緒に過ごす家族としてそこに居てくれるだけで充分だ。
「研究者ってことはアカデミー所属とかの?」
「ん〜、そうでもないしそうとも言えるかなあ。実は来月からそのアカデミーの生物の先生になるよう言われちゃってて」
「え」
「いやあ〜良い機材も揃ってるし、一緒に研究してた先輩も行くって言うから楽しみで楽しみで」
「私も……実は来月から事務員として行く予定で…」
「それは奇遇ですねえ!」
そう、テーブルシティの中央に位置するアカデミーに勤める事が決まっていた。ガラルでのイザコザがあって無職になった後、丁度コルサ経由で話を聞いて渡に船と言わんばかりにそれに乗っかったのだ。大規模な人員移動があったと聞いていたが彼もその一員だったのか。
和やかに会話をしていたが、やはり洞窟内は少し冷える。焚火にまた乾いた流木を少し焚べるとパチパチと火の粉が舞う。炎に照らされてるせいなのか、彼の顔がなんだか赤くなった気がする。
「ックシっっっ!! うぅ……失礼しました…ちょっと海風に当たり過ぎたみたいで……」
「大丈夫? なんだか顔も赤い…って熱があるじゃないですか!!」
前髪をかき分け額に手の平を当てると異常なほどに熱い。とりあえずウインディの横腹に身体を預けさせる。主人の異常事態が分かっているのか初対面の私の言う事も彼は素直に聞いてくれた。横にさせた途端熱が上がって来たのか呼吸が荒い。雨水でハンカチを濡らし、額を拭くと気持ち良さそうにホッと息をついた。
「これ以上熱が上がらないと良いんだけど……」
「…いやあ、……だいぶ、楽になりましたよお……」
「全然説得力無い」
「本当に…キミが降ってきて、良かった……てんし、みたいで……」
荒い息遣いをしながら、何やら譫言のように呟いて寝入ってしまった。発熱で頭も朦朧としているんだろう。だから私の顔も熱くなっているのも気のせいだと思う。うん。
「お前の飼主はいつもこうなの?」
布団の代わりを担っている彼は困ったようにクフンと鳴いた。
水滴の音が響く洞窟に差し込んできた朝日で目が覚めた。身体が痛い。背中は暖かいが動けない。それはガッチリと何かにホールドされたまま膝を抱えてたからだ。
「!? う、わあっ!!!?」
「んぅ、……あぁ、おはようございまぁす…」
ホールドしていたのは紛れもない彼だった。まだ意識が覚醒していないのか、反応が薄い。
昨夜は結局天候が回復しなかったため救助は翌日になるだろうと腹を括って、少し仮眠を取ろうと横向きに寝そべるウインディの背中を借りて横になった筈だった。反対のお腹側では彼が寝ているのを確認したから間違い無い。なのに、
「な、ななな、何でこんな体勢……!?」
「えぇ〜…? ああ、前が寒かったし、ちょうどいいと思って……」
「ち、ちょうどいい……!?」
「いやあ、おかげで熱も下がりましたあ。…ありがとうございます」
「耳元で言うな!!」
背後から抱き締める腕の力が強まり、右耳の近くで彼の息遣いが聞こえる。こんな状況たまったもんじゃない! 何とか脱出を試みるもなかなか力は緩まらない。寒いんだからもう少しこうしてましょうよお〜なんて言ってるがこっちは逆に熱くてしょうがない。
彼の腕の中で抵抗を続けていると、主人のピンチだと見かねたのかカラミンゴがボールから自主的に出てきて騒ぎ始めた。
「うわあ、このコも良く手入れされてますねえ、羽根にツヤがある」
「ちょ、ミンゴは技を構えないで! 貴方は手を離して!」
けたたましく鳴くカラミンゴに気が逸れたのかようやく解放されたので急いで距離を取り主人思いの愛鳥を宥める。カラミンゴはまだ警戒が強いのか、目線をずっとジニアから離さない。
「アハハ、嫌われちゃったかなあ」
「おかしな距離の詰め方してるからでしょう? ……嫌でもこれから職場で顔を合わせるんだから、変に勘違いされたら…」
「良いですよ」
さっきまでの彼とは違う、聞いたことないような強い口調で続ける。
「良いですよ、勘違いされて」
逃げられない、そう思ってしまうほどに真っ直ぐにこちらを見ている眼。
出会ったのだって昨日の今日で、お互い名前くらいしかまだ知らないのに、
「何を言っ「無事かーーーーっっ!!!!!!」
知っている声が洞窟内に反響し空気が一変した。
朝日を逆光に、刺々したシルエットが見える。
「兄さん…」
「良かった無事か…全く、肝が冷えたぞ!! あの手紙が来なかったら街中の暇人共を集めて捜索していた所だ!」
「だから手紙出したんじゃん…」
「さーらーに!! 散々忠告していたスマホロトムの不所持!!!! もうワタシは我慢ならん!! この後直ぐにハッコウシティに買いに行くぞ!!!!」
「だから悪かったって……ごめんごめん。まず休ませてよ……」
説教は嫌だが今は違う意味でこの騒がしさに少しほっとした。正直言ってどう反応すれば良いかわからなかった。渦中の彼はやっとおウチに帰れますねえ、と元の雰囲気に戻っている。
「ほう、キサマが件の遭難者か。妹が世話になったようだな」
「いえいえ〜、逆にぼくの方がお世話してもらっちゃって」
「ふん、手を出したくばまずはボウルタウンのコルサまで面通りする事だな」
(いやいや、何言ってんのこの人も…)
もう一つ一つ訂正するのも疲れた。任務を果たしたカイデンを労いタクシーに乗り込む。コルサの計らいかタクシーはニ台待機していた。
「じゃあまた。……今度はアカデミーで会いましょうねえ。楽しみにしてます」
「……はあ、まぁ、はい…」
最後に彼はまた彼らしからぬ含み笑いを落として去って行った。私の気持ちも置いてけぼりなまま。