不敵な科学者

騒動が呼ぶ嵐


あれから一週間、告白紛いの事を言った言われた私たちの関係は、驚きだが特に何も変わりない。お互い仕事人間気質なところがあるようで、業務に支障がないのはありがたいものだ。そう、何も問題はないのだ、何も……

「大有りだよあんにゃろーーーっ!!!!」
「ちょっと、もう落ち着いて。こっちは折角のお休みなんだから。あ、すみませ〜ん! このボトルの白、もう一本追加でお願いしま〜す」
「ごめんカエデ……でもあなた、だいぶ楽しんでるよね?」
「え〜だって初めて浮いた話を聞くんだもの。面白くってお酒も進んじゃう」

テーブルシティ外れにあるバルは私とカエデの行きつけの店だ。数少ないパルデアにいる友人の一人であるカエデは、隣町のセルクルタウンでパティスリー『ムクロジ』の店長兼ジムリーダーを務めている。人気の洋菓子店と挑戦者がひときわ多いジムで二足草鞋で働く彼女と休みが重なることは中々珍しいが、今日は無理を言って合わせてもらった(勿論支払いは全額私だ)。
既にワイン四本を女二人で空け、口の軽くなった私の相談を口実に会話に拍車がかかる。尚、私はカエデが酔い潰れた所をまだ見たことがない。

「それでそれで? その後どうなったの?」
「…いや特に何も……返事とかする余裕も無く………慌ててたら、じゃあまた明日って…」

眩しい朝日が入る生物室で、逆光になった彼は告げる。

「貴女のことが好きです。」

こんな真剣な顔で言われてしまったら、今まで悪ふざけの延長のように思っていたスキンシップや言葉が意味を持ってしまう。どうしよう、こんなシチュエーションなんて知らないというか好きだなんてなんでどうして、あ、応えないと? でも、…なんて……?

「……あ、のえっ…そ、んぅ!?」

何とか応えようと言葉を探していると、唇を薬品で少し荒れた彼の人差し指で抑えられた。彼は悪戯が成功したかのようにふにゃと笑って続ける。

「目的は果たせたので、まだ答えなくて良いですよお。じゃあぼくはこれで……良い休日を〜」

ドアが閉まり彼の姿が見えなくなると、そのまま腰を抜かしてしまった。ずっと様子を伺ってたヤミカラスが膝の上に止まる。大丈夫? と首を傾げる健気なこの子に応えられる余裕も無く、ただ溜息をついてどうしたら良いんだと独りごちた。

「そしてこちらがその時のヤミカラスちゃんです」
「ウフフ、よろしくね〜」

よろしくとヤミカラスも鳴いてお互い朗らかに笑っている。こんな穏やかな笑みを浮かべてる彼女だが、ポケモン勝負となるとまた話が違う。例えどんなに私が相性有利になっていても恐らく本気のカエデに勝つことはないだろう。偶に付き合うトレーニングも容赦がない。そこは流石ジムリーダーと言うべきか。

「で、あなたはどうしたいの? お付き合いとかしたいの?」
「……そんなとこまで考えられないよ。と言うか、告白なんて圧じゃ無かったし……ほぼ脅しみたいなもんだったよ、脅し。小説とかドラマとかで見るような……キラキラした雰囲気じゃなかった」
「そんなフィクションをあてにしちゃダメでしょ〜」

もう、この恋愛初心者めっと言って彼女は五本目のボトルを空ける。言動がこのふわふわした感じと一致してないんだよな……。これがギャップってやつ?
実際、告白の答えは受取拒否されてしまった。恐らく本当に意識を向ける為だけに言ったのだろう。本気かどうかはよくわからないが…。それにしたって素直に意識してしまうのも良いように転がされてるようで腹が立つわけで。

「悔しい〜……いつか私だってあのにやけヅラに一発入れてやる〜」

行儀が悪いとは思いつつも、しこたま飲んだアルコールの手助けもありテーブルに頬をつけて愚痴る。私がこんなに悩んでいる間にもアイツはのうのうとしてるに違いない。

「あらあら。……でもね、本当にうれしいのよ? 私も人のこと言えないけど、あなたも仕事一筋だったから……。まあ、あなたの場合鈍感過ぎて発展が無かったとも言えるけど」
「…………え、そうだったの?」
「呆れた……。でもそれなら改めて事前に伝えたあたり、良い一手だったとも言えるわね」
「どゆこと〜?」
「……もう酔っ払っちゃってるの?」

もう……って当たり前だ。貴女の酒の強さの方が異常なんだよ。むしろ今日は付き合えてる方だ。自分で自分を褒めてやりたい。

「仕事に支障ないって事は、まだ誰にも話してないのね?」
「当たり前だよ。職場にそういうのは持ち込みたくないのー! 兄さんの知り合いもいるし………そこからもしコルサ兄さんに伝わったら………うっわ…めちゃくちゃ面倒くさい……」

過保護な兄の事を考えた途端に酔いが冷めた。あの洞窟の一夜から特に言及はないが、逆にそれが怖い。
時間も良い頃合だし、言いたいことも愚痴れたのでそろそろお開きだ。バルのマスターに空飛ぶタクシーを二台頼む。……が、明日は日曜日。至る所でタクシーの飛び交うこの時間はとても混み合っているらしく、一台しか確保できなかった。最寄りのタクシー乗り場はバルから近いが大通りまでは少し遠い。治安が良いとは言え、流石に隣町までカエデを独り歩きさせるのは不安だ。彼女も同じように私を心配してくれていたようだが、仕事を口実に強引にタクシーに押し込んだ。

「本当に大丈夫?」
「大丈夫! 家も近いしカエデは明日もお仕事あるんでしょう? 付き合って貰ったのはこっちなんだから、早く帰って休んで」
「そう……じゃあ今回はお言葉に甘えるけど……気をつけて帰ってね」

無事に友人を送り出した後は、人通りの多い通りへと急ぐ。お店でもちらほらと視線を感じていたが、タクシーが飛び立った直後からそれが強くなった。最初はカエデのスキャンダルでも狙ったマスコミかと思ったが、どうやら違うらしい。
大通りはまだ遠い。ヒールで来たのは失敗だった。背後の足音も大きくなる。ロトムでとにかく誰かに連絡しようとカバンに手を伸ばす。するとバシンと強い衝撃と熱い火傷のような痛みが走り思わずカバンを落としてしまった。

「あ〜あ。お姉さん腕、痛そうだね。大丈夫?」
「治してあげようか、俺らと一緒に来ない?」
「………ヤミカラス、ヨルノズク、カイデン、出ておいで」

全く知らない奴らだ。でも何だかやばそうな雰囲気なのはわかる。さっきの腕の衝撃、あれはポケモンの攻撃だ。それもひこうタイプが苦手な、

「レントラー……」
「俺達とポケモン勝負、しーましょ」

レントラーは男の傍で威嚇しバチバチと電気を走らせている。かなり強そうだ……。ヨルノズクやカラミンゴでも勝てるかどうか危うい……なら

「ヤミカラス、カイデン! すぐに誰か人を呼んできて! ヨルノズク! リフレクター貼りながら、逃げるよ!!!!」
「あっ!? オイコラ待て!!!!」

夜目が効くヤミカラスと電気にも耐性があるカイデンならきっと大丈夫。問題は、それまで私が逃げ切れるかどうかだ。
入り組んだ路地になんとか追手を撒きながら逃げる。背後を見る余裕なんてない。途中からヒールは脱いだ。足が痛い、やられた腕も痛い、いたい、いたい、いたいいたいいたいいたい……

「っしまった…!!」

無我夢中で走ってとうとう袋小路に追い詰められてしまった。
匂いを辿ってきたのか、レントラーとこれまた凶悪そうなヘルガーまで一緒だ。
庇うようにヨルノズクが立ち塞がるとカラミンゴ、ワタッコまでボールから出てきた。
男達も遅れて揃ってきた。下品な野次が飛ぶ。
みんな必死に威嚇しているが、どんなに足掻いた所で勝敗は見えている。…………それなら、彼等だけでも逃してやるべきか?

「降参するー? お姉さん?」

どうしようどうしようどうしようどうしようどうししようどうしよう………どうしよう、……………こわい

「ウインディ、インファイト」

静かな声が聞こえると同時に、閃光のような真っ赤な巨体が男達共々レントラーとヘルガーを吹き飛ばした。
衝撃で腰が抜ける。上空からはヤミカラスとカイデンが舞い降りてくる。

「あ……………よかった…………ごめん…ありがとう……」

ピギャピギャと興奮してるポケモン達を宥め、男達がいた方を見るとそこには見慣れないスーツを着た、彼がーージニアが、立っていた。

「ポケモン達はもう戦闘不能になっちゃいましたかあ? じゃあ今度はお兄さん達で相手してください、直々に。久々に鬱憤が、溜まってるんで」

次々と繰り出してくる彼のポケモン達はみんな、バトルが不慣れな私でもわかるくらい鍛え上げられていた。チリチリと殺気立つ彼等に新たに出てきた男達のポケモンも後退っている。
一触即発の空気の中、また見知った顔が駆け寄ってきた。

「ジニア先生!」
「………あぁ、クラベル先生。丁度良かった、彼等を任せて良いですか?」
「えぇ、大丈夫ですよ。あなたは彼女を」

あっという間に形勢逆転。クラベル校長の他にもどうやら警察も一緒だったようで、連中は逃げる猶予もなく捕縛されてしまっていた。慌ただしい最中、やっと安全が確保されたのだと茫然と、じわじわと実感してくる。

「遅れてごめんなさい、もう、大丈夫ですよ」

膝をつき、スーツの上着を私の肩に掛けながら心底申し訳なさそうに、優しく言う。彼のスーツが暖かくて涙腺が緩む。

「なんで、ここに……?」
「近くで研究者達の食事会があってお呼ばれしてて。お店を出たところに貴女のヤミカラスが飛び込んできました」
「スーツ、似合ってない…」
「えぇ〜、そうですかあ?」
「足、いたい……腕も…」
「すぐに病院に行きましょう」
「〜ぅ゛う〜…う、ういんでぃ〜〜っ!! ありがとう〜っ」
「えぇ〜…そっち……?」

感情と涙が抑えられず、彼のすぐそばにいたウインディに抱きついた。抱きつかれたウインディは何やら慌ててるようだが気にする余裕なんてない。あったかい……涙がモフモフの毛皮に吸い込まれていく。

「まあいいです。……よくがんばりました」

まるで幼子を宥める様に私の頭をポンポンと優しく撫で、背中をさする。私が落ち着くまで、彼はずっとウインディを仕舞わず、私の横にいてくれた。

「無事で良かった……大変な目に遭いましたね」

ようやく涙も引いた頃、クラベル校長の方も粗方片付いたらしく様子を伺うように話しかけてきた。なんでも彼と同じ食事会に同席していたのだとか。確かに同じ研究室にいたのなら二人で出席しててもおかしくはない。

「突然ジニア先生が警察の手配を私に託して走り出したので驚いてしまいました。申し訳ありません……私がもう少し若ければもっと早くに到着できたのですが…」
「いやあ、クラベル先生の走りはまだまだ現役ですよお。フォームが違いますもん」
「……そうですか?」

知る人ぞ知るアカデミーのトリビアだが、クラベル校長は脚が早い。このご年齢で本当にキレイな走り方をするので、初めて見た時は二度見してしまうほどだった。

「………校長先生も、ありがとうございます。ごめんなさい、お手数かけて……」
「いいえ、当然の事をしたまでですよ。……今日はこのまま夜間病院で怪我を診てもらってください。ジニア先生、付き添いお願いして良いですね? 私はもう少し警察の方で事情を聞いてきます」
「はあい。お願いします」
「よろしくお願いします……」

さて、少しは落ち着いたものの上手く立ち上がれない。裸足で走ってた上に腰が抜けて、生まれたてのシキジカの様に足が震えている。これでは移動もままならない。心配している手持ちたちをボールに戻し、なんとか立ち上がろうとウインディを支えに悪戦苦闘してると、いつかの崖下であったように突然抱えられた。

「う、わ」
「……まだ痛みますか?」
「少し…」
「タクシーを呼んでるので、そこまで我慢してください」
「あのっ、じ、ジニア先生も……ありがとう、ございまし、た」

ここにきて羞恥心が出てきてしまった。不可抗力とは言え、こうもピッタリと身を寄せているのは、意識せざるを得ないと言うか……嫌でもあの告白を思い出してしまう。

「はぁ〜……もしこんな状況でなければ、貴女を連れて帰ってたんですけどねえ。また次の機会にします」
「連れっ!? 次!?」
「ほらほらぁ、暴れないで」

カエデが見たらきゃー素敵! とか言いそうな、いかにもなシチュエーションだが、当人である私としては首根っこを咥えられ、なす術なくカエンジシに運ばれるシシコの気分である。

(何だか例えがシキジカにシシコって…相当弱ってるな自分…)

心身共にダメージを受けている今、恥じらう気持ちはあれど抵抗する気力は無い。だから今日はもうしょうがないのだと自分に言い聞かせて、案外筋力がある彼に素直に身を任せる事にした。

朝チュン、夜明けのコーヒーとは主に創作物等で描かれる、大人の表現を連想させる用語である。
確かに外ではとりポケモンたち(おそらくヤヤコマだ)がチュンチュン鳴いてるし、何故か彼が――ジニアがコーヒーを入れている。字面的にはこれもそういった単語に当てはまるのではないかとも思うのだが、私が寝ているのはソファーで、服も昨日のまま、そして何より

「頭いったあ…」

とんでもない二日酔いを抱えていた。

「あ、おはようございます。コーヒー勝手に淹れちゃいましたあ。飲みます?」
「いや、大丈夫………水、飲みます…」

眼が腫れぼったい。鏡を確認しなくても酷い状態なのがわかる。メイクも落としてないし、髪の毛だってゴワゴワだ。これは、異性に絶対見せたくない姿のワースト一位に入るんじゃないだろうか。
対して彼も若干草臥れてしまったが、昨日のスーツを着崩している。あまり記憶に無いがそのまま留まってくれたのだろう。

「腕と足はどうですか? まだ痛みますか?」
「あ、いえおかげさまで……」
「それは良かったです。………あの〜女性の部屋に来て図々しいお願いなのは百も承知なのですが……」
「(こいつが言い淀むのも珍しいな)なんですか……?」
「少しシャワーを借りても良いですか? ちょっと、汚しちゃいまして……」

汚しちゃう……、スーツを、汚す………あ゛あ゛ぁあああぁああ!!!!

〜回想〜タクシー内にて
―いやあ、すぐに治って良かったですねえ
――ぅ…
―それにポケモン達も無事でなによりでしたあ。カラミンゴくんもちょっとはぼくのこと見直してくれましたかねえ
――………
―……どうしました?
――ごめ、はきそう……
―えっちょっ、まっ、ドライバーさん袋、袋!!
〜回想・終〜

あったわ……ワースト一位を凌ぐ更に最下層が。
思わず顔を両手で覆ってしまったが、今私がどう足掻こうともやってしまった過去はどうしようもない。……だからと言って割り切れるほど恥じらいがないわけでもない。

「良いです………もう、ほんと、すみませんとしか……一時間でも二時間でも入ってください……ほんとごめんなさい………」
「ありがとうございまあす。じゃあ遠慮なく〜」
「父のワイシャツがあるので良かったら使ってください……ほんとすみません………」
「至れり尽くせりでむしろすみませえん。じゃあお借りしますねえ」

いつもの彼の笑顔が、らしくなく気を使っているように感じてしまったのは私の考えすぎだと思いたい。
空部屋のクローゼットから引っ張り出したワイシャツを手に脱衣場の洗面の上に置く。カーテンで仕切られてはいるものの、脱ぎ捨てられた衣服だったり、真横で感じるシャワーの水音だとか、湿度がなんだか艶かしい。
恥ずかしくなり急いでバスルームから出ると、インターホンと同時にドンドンと忙しなく玄関がノックされた。この忙しない感じは覚えがある。そしてとても、嫌な予感がする。
ドアを開けてようやくノックが止まった。そこに居たのは、

「兄さん……」
「アカデミーから連絡が来たぞ、一体何があったのだ!?」
「兄さん…まだ朝だし、ここ玄関だから落ち着いて」

やはりコルサだ。恐らく校長から話が回ってきたのだろう。それは構わないのだが、今はまずい。もしもシャワーを浴びてる彼と遭遇してしまったら要らん事になるに決まってる。

「落ち着いていられるか! キサマ、怪我までしたそうじゃないか! やはりアカデミーの寮に引っ越せ! 今日はその話をだな、」
「わかった! 話は聞くから兄さん、今日はちょっと一端時間置いて!! また後で話そ!」
「何故だ! まさか何か疚しいことで、も……」
「すみませえん、シャツってこれですかあ?」

……何でこう、いかにも、な匂わせ方をして出てくるんだ。二日酔いで頭が痛いんだからこれ以上頭痛の種を増やさないで欲しい。
なんて言う私のボヤキはもちろんコルサの怒号に掻き消されてしまった。